2022年度若手セミナー「頭と舌で味わう中世の食文化:実食編」報告

 2023年2月4日(土)、東京都立大学南大沢キャンパスにて2022年度若手セミナー「頭と舌で味わう中世の食文化:実食編」を開催しました。若手セミナーとしても久々の対面開催かつ初の実食をともなう企画で、32名の参加者(会員9名、一般15名、実行委員8名)を得て盛会となりました。
 以下では当日参加されたお二人による参加記と、アンケートに寄せられた感想・コメントの一部をご紹介します。全体として学会員以外でも参加しやすく勉強になったというコメントが多く、研究の世界と社会とをつなぐ企画として可能性を感じられるものでした。

【参加記1】澁澤まこと(作家)

 中世ヨーロッパの食や食習慣への理解・体験を目的とした西洋中世学会若手セミナーの企画「頭と舌で味わう中世の食文化」は、2023年2月4日に開催された「実食編」を以て構想から4年を経ての完結となった。参加者は学会員以外からも募集されたこともあり、歴史学に限らず専門分野は様々で、私を含め非研究者の参加も多かった。しかし前編となる「レクチャー編」はYouTubeで配信されていたことで、今回が初めての参加でもある程度の知識を持って臨むことができた。

 セミナーは実食及び料理の解説と、パネルディスカッションの2部構成で行われた。実食のメニューはブラメンジール、林檎のムース、アイスランド産干しダラの3品。干しダラのみ市販品で、ほか2品のレシピは写本集Hausbuch des Michael de Leone所収の、Das Buch von guter Speiseから選び、下記研究書を参考に工程が練られた。
Trude Ehlert, “Das Kochbuch des Mittelalters: Rezepte aus alter Zeit, eingeleitet, erläutert und ausprobiert”, Ostfildern, 2000.
 調理は歴史再現レシピに取り組まれている繻鳳花先生も協力して行われ、材料選びやスパイスの量といった細部には過去の再現の経験が生かされたという。

 まず実行委員長の松本涼先生より企画の説明がされた後、一人ひとりに少量ずつ取り分けた料理が配られた。材料はあえて伏せられ、食べながら何が使われているのかを考えるという趣向が凝らされた。続く解説の時間で答え合わせとなるが、これにより参加者同士の会話も生まれたことでセミナーは盛り上がりを見せたと言える。

 解説は有信真美菜先生によりブラメンジール(blamensir)から始まった。フランス語からの外来語で、語源はブラマンジェと同じで「白い食べ物」を意味する、その名の通りホワイトシチューのような料理だった。しかし材料に乳製品は使われておらず、米粉とラードで作ったルウにアーモンドミルクを加えることでとろみがつけられている。甘味は砂糖によるもので、精製技術がなかったことを考慮して黒砂糖を用いたことが、若干茶色っぽい見た目となって表れた。

 次は林檎のムース(můs)。ムースとはごった煮の総称であり、現代の菓子とは意味が異なる。英語ではpuddingとも訳されるが、もっと柔らかくババロアに近い食感だった。また、使われる林檎も品種改良前の酸味の強いものであり、今回は紅玉の規格外品を用いることで当時の味に近づけていた。

 最後にアイスランドの干しダラ(Harðfiskur)についてが松本先生より解説された。上記2品が貴族のための高級料理であるのに対し、干しダラは庶民の食べ物だ。アイスランドでは中世からタラ類がよく食べられており、タラが一般的だが、オヒョウ、ヒラメ、エイ、オオカミウオなどが使われることもある。また、塩漬けが始まるのは18世紀のことで、塩が貴重だった中世には魚をそのまま干していたという。

 休憩を挟み、パネルディスカッションへ。ブラメンジールとムースを解説された有信先生と、成川岳大先生、城戸照子先生の3名を中心に、参加者の質問に先生方が答える形で進められた。質問の内容は多岐にわたったが、個人的に特に印象深かったのは四旬節との関係性だ。パンと水だった精進のシンボルが12世紀から魚と水になったこと、肉が入手困難で魚が中心だったアイスランドでは断食中の食べ物として鯨が設定されていたこと、15世紀の「バター書簡」で顕著なバターの扱いなど、時代や地域によって食べて良い食べ物は移り変わる。そこには信仰を否定せずに食生活を保とうとする中世の人々の努力が感じられた。

 実食、解説、ディスカッション全てにおいて、大変有意義な時間であった。強いて改善点を上げるなら、話題が広くなりすぎて掘り下げる時間が足りなかったように思う。テーマとする時代を絞るか、ディスカッションの時間を増やしても良かったかもしれないが、非研究者である私にとっては概説的だったことが本セミナーに参加するハードルを下げていた面もあるので、企画内容よりも、事前に初学者向けかどうかをアナウンスして企画趣旨に対する参加者の意識を統一しておくことが改善につながると感じた。

 本セミナーでは、漠然としがちな「中世ヨーロッパ」というイメージの解像度を格段に上げることができた。今後もこのようなセミナーには積極的に参加するつもりだ。改めて、企画してくださった先生方に感謝を申し上げたい。

【参加記2】葵梅太郎(漫画家)

【参加者の感想・コメント(アンケートより抜粋)】

感想・改善点
  • 座学だけではなく、史料から考察した料理を味見できたのが面白かった。
  • なかなか具体的な料理と結びつけた生活史の本が見つけられなかったので、今回の試みは飢えが満たされた気がした。
  • 何より実食という企画のアイデアが面白い。単に食べて味を見るだけではなく、材料の貴重さや、交易ルートなどの歴史的観点からの分析がついていたのもありがたかった。非会員だが、またこのような機会があれば参加したい。
  • 専門が様々な分野にわたることで、ひとつの話題から大きく膨らんでいくディスカッションがとても面白く勉強になった。
  • 在野の研究者やアマ研究者も参加し易い企画だったので、ぜひ西洋中世研究の裾野をひろげるためにも継続してほしい。
  • 1000円程度の参加費を徴収しても良いのではないか。
今後の若手セミナーへの期待:生活史に関する企画のアイデアが多数寄せられた。
  • 現代と差が大きいメニューの雑食体験
  • 服飾やアクセサリーの製作、試着体験
  • 工具、農具、家事道具など日常生活で使う道具
  • 中世の巡礼のバーチャルツアー、旅特集
  • 中世の東部と西部の比較。食の比較文化。食べ比べ。

なお当日の様子は参加者の音食紀行さんが以下にまとめてくださいました。合わせてご参照ください。
西洋中世学会若手セミナー「頭と舌で味わう中世の食文化:実食編」ツイートまとめ 

関連記事

最新情報

TOP
CLOSE