2014年度の若手セミナーは、2014年10月18日(土)に京都女子大学で開催されました。
今回の若手セミナーは「西洋中世学で読み解く最後の晩餐」をテーマとして、美術史・哲学・文学・史学・音楽の各分野からそれぞれに「最後の晩餐」というモチーフとどのように向き合うかを改めて問い直し、その個性を紹介することを目的としました。中世器楽の演奏もあり、会場全体によるグループワークがディスカッションとともに行われて、総勢80名におよぶ参加者が報告者と一体となってセミナーをたのしむ様子がうかがえました。
ここでは、参加いただきました大学院生ほかの方々による参加記を掲載いたします。
[参加記]
今回「最後の晩餐」にまつわる5つの発表を聞かせていただいて、歴史的観点以外にも、音楽や文学といった多方面の分野から中世ヨーロッパについて学ぶことがきでました。まず、宮下氏の「最後の晩餐」と食の関連については、内容を踏まえた映像資料を多数提示していただき目で見て楽しめる発表でした。これまで「最後の晩餐」を目にしたとき、ユダによる裏切りに焦点を当てがちでしたが、これからは、西洋絵画における食事そのものの教訓的意味合いにも注目していきたいと思います。
続く大貫氏による発表では、修道士たちが、規定においては12人という数を明確に記すことで新約聖書を模倣し、日々の生活では、パンやワインを食することで「最後の晩餐」への模倣を実践していたことを明らかにしていただきました。そこには「最後の晩餐」の多大なる影響力を感じ取ることができました。
三番目の山口氏と辻内氏の発表では、「最後の晩餐」からパンとワインを引き合いにだし、その付帯性について、神学と哲学の間での論争を分かりやすく説明していただきました。哲学はなかなか普段触れられない分野なだけあって、実に新鮮に拝聴致しました。
また近藤氏による演奏会は、中世の音楽を生で聞くことができ、中世の人々の生活の一端に触れられた気がしてとても興味深かったです。特に、4曲目の「A aue avondou do vinno」は陽気で、私たちもとても楽しく参加させていただきました。
そして小宮氏による発表については、今まで”円卓”と聞いて、単純に丸いテーブルをイメージしていましたが、それが世界や組織を象徴するなど、様々な解釈が存在することを知りました。「最後の晩餐」のテーブルもダヴィンチの描いた長方形のものを想像しがちですが、中世初期ではアーサー王と同じく丸いテーブルであり、そこに関連性があったとは思いませんでした。
さらに今回、討論にも参加させていただき、これだけ多くの学問分野の研究を共有することができ、有意義な時間を過ごすことができました。
三谷真里奈・森本奏惠(京都女子大学大学院)
2014年10月18日、京都女子大学にて「西洋中世学で読み解く『最後の晩餐』」と題する若手向けのセミナーが開催された。ここでは、その内容を簡単に紹介した上で、会場の雰囲気や個人的な感想を述べたい。
本セミナーは、西洋中世を通じて重要な意味を保ち続けた「最後の晩餐」をテーマに、様々な分野の研究者がプレゼンを行い、参加者全体を巻き込んだ自由な議論を交わそうという意図で開かれたものである。プログラムは、6人の報告者がプレゼンテーション5本を行う前半と、各報告者が提示した「問い」を中心にフロア全体で質疑を行う後半に分かれていた。
5本の報告が終了した後、後半の全体質疑に入った。質疑は、参加者が複数のグループに分かれて提示された「問い」について話し合った後、その内容を整理し、改めて報告者に見解をぶつけるという、いわばグループ・ディスカッションのような形式を採っていた。単純に参加者同士その場で意見交換ができるという点はもとより、「挙手して発言する程ではない些細な疑問や意見」をグループ内で気軽に話し合えるという所が、この討議形式の最大のメリットであるように感じた。時間目一杯まで話が尽きなかったことから、ほかの参加者もこの方式に肯定的な感想を抱いていたのではなかろうか。
初期ビザンツ史を専攻する私は、専門外の領域である本セミナーのプレゼンを理解できるか少なからぬ不安を抱いていた。しかし、いずれの報告もシンプルかつ論点が明確で、私のような門外漢であってもしっかりと報告内容についていくことができた。結果として、本セミナーへの参加は私にとって非常に刺激的な体験となった。このような機会へお誘いいただいた大阪市立大学の草生久嗣先生と、運営に携わった実行委員の方々への感謝の言葉を以って、この参加記の結びとしたい。
渥美創(京都府立大学大学院)
以上です。次回以降の若手セミナーも、どうぞよろしくお願いいたします。