研究の背景と目的

 中世と近世は、宗教運動が洋の東⻄を問わず社会に対して広範かつ持続的な影響力を行使していた時代である。宗教運動は戒律とメンバーシップをともなう会派(キリスト教であれば修道会、仏教であれば宗派)を多数生み出し、これらが運動に多様性をもたらしていた。そこで注意すべきは、宗教運動に関する歴史研究が主にこの会派ごとの枠組みで営まれてきた、という点である。この傾向はとかくキリスト教修道制において顕著だが、従来の分断的な研究では、先鋭的な宗教運動の通時的な変化過程と共時的な広がりを把握することができず、宗教運動の文明史的意義の理解を妨げてしまう。

 歴史学の隣接諸分野の成果を取り入れると、修道士たちは修道戒律、説教などの文書のほか、文学作品、彩飾写本、聖堂装飾、あるいは巡礼などの仕組みも含め、多種多様な形態のメディアを駆使して自らの宗教理念を発信していたことが分かる。しかし、こうした努力がいかに社会を統合・規律化し、あるいはまた社会に持続性と弾力性を与えてきたかについては、より体系的な研究が求められる。そこで本領域研究では、キリスト教修道制だけでなく、新たに中世日本の寺院・神社(=寺社)を研究対象に加えた新たな研究領域を構築する。中世日本の宗教文化には、キリスト教文化に類似する点が認められる。寺社は種々のメディアを創出・活用して文化・思想的な革新運動(例えば法華一揆など)を展開しつつ、葬送や追善など、日常的に世俗社会に対して様々な活動を行い、影響力を行使していたのである。つまり、宗教者による「司牧/教化」活動と、それに動機付けられて生み出された多様かつ革新的なメディアとの関係は、時代・地域が違えども普遍的に観察され、一文化圏を超えたグローバルな文明史的意義が想定されるのである。

 修道士や仏僧および神職は、宗教的超越を指向しつつ、司牧/教化を通じた社会変革への意思と行動力によって多種多様なメディアを創造し、社会に対して革新的な世界認識と仕組みをもたらし、社会の持続的発展に貢献したのではないか。こうした現象を異なる宗教文化の間で共時的・通時的に比較することで、より広い視野から宗教運動と当該社会との間のダイナミックな影響関係が明らかになるのではないか。本研究領域は、この観点を4つの計画研究で共有し、各計画研究は以下の3つの目的を達成して宗教運動の文明史的な意義を体系的に明らかにする。

  1. 中近世において宗教運動を先導した人々は、宗教共同体の内外でコミュニケーションを促進するために、いかなるメディア(媒介物=文字テクスト、図像、仕組みなど)を創出し普及させたのかを明らかにする。
  2. 宗教者は、1 のメディアを通じてどのような言説を宗教共同体の内外に向けて発信し、また新たにどのような価値観と世界認識の仕方をもたらしたのかを明らかにする。
  3. そして最後に、彼らは 1 と 2 を通していかに社会の教化を推進し、社会を統合し、文明に変動をもたらしたのかを明らかにする。

 本研究領域は単なる比較宗教史研究の延⻑ではない。宗教運動が世俗社会と緊張関係を持ちつつ、その持続的発展にどのように関わっていたのか、というより大きな枠組みにアプローチするものである。こうした取組みにより、宗教運動を社会の中で実践・継承される英知ととらえ直し、その文明史的意義を総合的に明らかにする新しい学術領域を開拓したい。

研究の内容

 本研究は、中近世において宗教者が司牧/教化のためにどのような新しいメディア(テクスト、図像、巡礼など)を創出し普及させたか、またそれらのメディアがどのような価値観と世界認識の仕方を当該社会にもたらし、その社会をどう統合に導いたのかを解明することで、文明史叙述の刷新を試みる総合的歴史研究である。キリスト教修道制からA01「観想修道会班」、A02「托鉢修道会班」、A03「イエズス会班」、そしてそれにB01「中世日本寺社班」を加えた4研究班でこの課題に取り組み、研究班ごとに研究会を開催し、研究班を架橋する研究ユニットを組織し、国際共同研究を推進する。歴史学、美術史学、文学という3つの人文学ディシプリンの協同によってテクストと図像の総合的解釈を実現させ、宗教者が生み出したメディアの特質を通時的・共時的に比較し、宗教運動と当該社会とのあいだのダイナミックな影響関係を明らかにすることによって、ヨーロッパ、アメリカ、日本における前近代社会の歴史像を新たに提示する。

統括班について

 総括班は、領域代表者と各計画研究代表者の計4人で構成される。各計画研究班と緊密に連携して研究成果をまとめるとともに、個々の研究班の内部や異なる研究班同士での通時的比較(観想修道会、托鉢修道会、イエズス会の比較など)や共時的比較(観想修道会/托鉢修道会と中世日本寺社、日本と南米におけるイエズス会の活動の比較など)を実現するため、班を超えた研究ユニットを組織し分野横断的な研究を推進する。こうした大きな方針のもとで、総括班は計画研究の連携や調整、活動の企画、国際共同研究の推進、成果統合、若手育成、コンプライアンスの周知・徹底などを主体的かつ積極的に行っていく。

研究代表者
  • 大貫俊夫(東京都立大学)
研究分担者
  • 赤江雄一(慶應義塾大学)
  • 武田和久(明治大学)
  • 苅米一志(就実大学)
評価委員
  • 神崎忠昭(慶應義塾大学)
  • 上島享(京都大学)
  • 小澤実(立教大学)